都心の高層マンション、その一室で静かな夜が更けていった。部屋の主、佐藤美穂は、一人で広いリビングを見渡しながら、孤独を噛みしめていた。外は冬の冷気が支配しているが、部屋の中にはエアコンはなかった。彼女はあえてそれを選んだのだ。代わりに、部屋の隅に置かれた古びた石油ストーブからは、温かなオレンジ色の光が揺らめいていた。
ストーブの周りには彼女の子供時代の思い出が散らばっていた。小さな手袋、古い写真、そして母が編んでくれた厚手のセーター。これらは彼女にとってただの物ではなく、暖かい記憶の欠片だった。エアコンの便利さを拒むことで、彼女は過去と現在を繋ぎ、心の寒さを和らげていた。
ある日、佐藤美穂は隣の部屋に引っ越してきた青年、高橋と出会う。彼もまた、この都会の孤独に飲み込まれかけていた。美穂は彼を自分の部屋に招き、二人で石油ストーブを囲んだ。彼女は高橋に自分の子供時代の話をし、高橋は彼女の温もりに触れて心を開いていった。
高橋は次第に美穂の部屋を訪れることが日常となり、二人はストーブの前で様々な話を交わした。彼らにとって、その古びた石油ストーブはただの暖房器具ではなく、寒い都会での心の拠り所となっていた。
季節は流れ、春が訪れるとともにマンションの周りの景色も変わっていった。しかし、美穂と高橋の部屋の中では、あの小さな石油ストーブが今も静かに、しかし確かに二人を照らし続けていた。彼らにとって、それはただの暖房器具ではなく、絆と思い出の象徴となっていた。